香港史概略

1839年 アヘン戦争勃発

1842年 南京条約により香港島が清からイギリスへ永久割譲

1856年 第二次アヘン戦争(アロー戦争)勃発

1860年 北京条約により九龍半島もイギリスへ割譲

1898年 イギリスが7月1日に新界(ニューテリトリー)の99年間租借開始

1941年 日本軍に対しイギリス軍が降伏

1945年 太平洋戦争で日本が敗戦、香港も再びイギリスの統治へ

1958年 中国で大躍進政策開始、逃港者の増加

1966年 中国で文化大革命開始、逃港者の増加

1975年 ベトナム戦争終結、ボートイープルの流入

1984年 中英共同声明により1997年7月1日付の中国返還が決定

1986年 中国で天安門事件発生、香港からの移民者の増加

1990年 香港基本法制定

1997年 イギリスから中国へ返還、アジア通貨危機

2003年 SARS流行、CEPA締結(経済貿易協定)、入境緩和、50万人デモ

2009年 深セン市民にマルチビザ発行開始、香港への日帰り入境者急増

2012年 香港政府が愛国教育の義務化断念

2014年 雨傘運動

2016年 独立派議員が立法会選挙当選

HK is NOT China.com / 香港の民主化運動:雨傘、普通選挙、そして自決

香港の民主派、独立派、自決派とよばれる若者を中心とした動きを解説します。雨傘運動は世界的に大きな注目を集めましたが、成果なく終わりました。その後雨傘運動の中心であった学生たちは議会へ戦いの場を移し、実際に当選者を多数輩出しましたが、そこで待ち受けていたのも中国の圧倒的な力でした。こうした中で広がる無力感や、日本のメディアでは民主派とひとくくりにされてしまい正確に伝わらない状況などを伝えます。

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